目次

序章:法律の専門家が「複素数」を恐れる必要はない

行政書士として、あなたは複雑な法体系を読み解き、正確な書類を作成する専門家です。その論理的思考力と緻密さは、他の追随を許さない強みといえます。そのため、「複素数」という聞き慣れない数学的概念に触れると、戸惑いや不安を覚えるのはごく自然なことです。

けれども、その不安は必要ありません。土地家屋調査士試験における複素数計算は、高校数学のような抽象的な学問ではなく、試験を有利に進めるための実務的ツールです。これは理論の探求ではなく、あなたの専門性を次の段階へ引き上げるためのスキル習得の一環といえます。

法律改正に備えて新しい条文を読み込むように、業務効率化のために新ソフトを導入するように、複素数計算もまた「扱えるようにすれば確実に成果が出るツール」です。目的は、あなたを数学者にすることではありません。

本記事の目的はただ一つ。あなたの法律家としての論理的思考を活かし、複素数計算というツールを体系的にマスターし、試験で最大の武器に変えることです。この記事を読み終える頃には、漠然とした不安の対象だった複素数が、合格への最短ルートを切り拓く心強い味方に変わっているはずです。

高度な数学の知識は一切不要です。では、さっそく最初のステップを踏み出しましょう。

第1部:複素数計算は「魔法」ではない——試験を制する戦略的ツール

土地家屋調査士試験で、なぜ複素数計算がこれほど重視されるのでしょうか。その理由は、午後の部が単なる知識量を問う試験ではなく、厳しい時間制限との戦いだからです。この限られた時間内で従来の手計算に固執することは、戦略的に見て大きな不利となります。複素数計算は、そんな状況を打開するための3つの明確なメリットを提供します。

メリット1:圧倒的なスピード

複素数計算の最大の魅力は、圧倒的な計算スピードです。理由は単純で、「電卓の打鍵数が劇的に減る」からです。通常、平面上の座標はX座標とY座標の2つで扱いますが、複素数を使えばこれを1つの数値として処理できます。そのため、途中で数値をメモしたり再入力したりする必要がなくなり、計算時間を大幅に短縮できます。この短縮で生まれた数分間が、問題文の読解や作図の見直しといった合格を左右する工程に活かせるのです。

メリット2:正確性の飛躍的向上

スピードと正確性は表裏一体です。電卓のキーを1つ押し間違えるだけで計算結果が全て狂うリスクがあります。複素数計算では打鍵数が少なく済むため、こうしたヒューマンエラーの発生率を大きく下げられます。焦りによる単純ミスを防げることは、精神的な安定にもつながり、試験全体のパフォーマンスを底上げする効果があります。

メリット3:三角関数からの解放

法律家にとって、三角関数(sin・cos・tan)は心理的なハードルになりがちです。しかし、複素数計算を使えば、これらの関数を覚える必要はほとんどありません。関数電卓の「複素数モード」が、内部で自動的に三角関数の処理を行ってくれるためです。受験生は角度や象限を意識せずに、座標値を入力してコマンドを実行するだけで正確な結果を得られます。これは特に文系出身者にとって、まさにゲームチェンジャーといえるでしょう。

以下の比較表に、複素数計算と従来法の違いを整理します。

評価指標従来計算法(三平方の定理)複素数計算法
目的2点 A(x₁, y₁)、B(x₂, y₂) の距離を求める同左
計算手順1. Δx = x₂−x₁
2. Δy = y₂−y₁
3. Δx²
4. Δy²
5. 和をとる
6. √を求める
1. A, Bを複素数として入力
2. Abs(B – A)を実行
打鍵数多い(入力・メモ再入力が頻発)非常に少ない
ミスの可能性高い(各ステップで入力ミスのリスク)低い(操作が単純)
必要な知識三平方の定理 d = √((x₂−x₁)²+(y₂−y₁)²)Absコマンドの使い方

この表からわかるように、複素数計算は単なるテクニックではなく、時間を節約し、ミスを減らし、精神的負担を軽くするための「合格請負ツール」です。

第2部:文系のための複素数入門——たった一つの「考え方」を理解する

「複素数」と聞くと、「虚数i」や「i²=−1」といった難解な定義を思い浮かべ、苦手意識を持つ人が多いかもしれません。しかし、土地家屋調査士試験の合格を目指すうえで、そうした理論的な理解は不要です。ここで押さえるべきは、ただ一つの考え方です。

それは、「複素数とは、X座標とY座標という2つの情報を1つにまとめる便利な表現方法である」ということです。

郵便番号のような「情報の圧縮」

たとえば「東に3km、北に4km」という2つの情報を、郵便番号「123-4567」のように1つのコードで表せるとしたら便利だと思いませんか。複素数は、まさにこのように2つの数値情報を一つにまとめる仕組みです。

平面座標(3, 4)は、複素数で表すと 3 + 4i になります。
このときの「i」は難しいものではなく、「ここから先の数字はY座標ですよ」と電卓に伝えるためのタグ(目印)にすぎません。

関数電卓は「ブラックボックス」でよい

複素数を入力すると、電卓は自動的にX座標(実部)とY座標(虚部)を区別して計算します。私たちは、その内部処理(例えば三角関数の展開など)を理解する必要はありません。

土地家屋調査士試験の複素数計算では、関数電卓を一種の「ブラックボックス」として扱います。重要なのは「正しい値を入力し、正しいボタンを押し、出力を正しく読み取る」ことです。内部の仕組みを理解するよりも、操作手順をパターンとして覚えることが合格への近道です。

この割り切りが、文系出身の受験者が最短ルートで複素数計算を身につけるための最大のコツです。論理的思考を持つ法律家であるあなたなら、複素数の本質を短期間で自在に扱えるようになるでしょう。

第3部:実践前の準備——関数電卓を「最強の武器」に変える

優れた道具も、使いこなせなければ意味がありません。この章では、複素数計算の実践に入る前に、関数電卓を土地家屋調査士試験で最大限に活かすための準備手順を紹介します。これらの初期設定を確実に行うことで、学習効率が大幅に向上し、自信をもって演習に取り組めるようになります。

ステップ1:関数電卓の選び方——信頼できるモデルを選定する

土地家屋調査士試験では、プログラム機能や通信機能を持つ電卓は使用できません。多くの合格者が使用しているのは、CASIOのfx-JPシリーズ(例:fx-JP500やfx-JP900)です。
これらは操作情報が豊富で、複素数モードの設定も簡単です。もしまだ電卓を持っていない場合は、こうした定番機種を選ぶとよいでしょう。

ステップ2:複素数モードに切り替える——最重要設定

この設定が複素数計算の第一歩です。以下はCASIO fx-JPシリーズを例にした切り替え手順です。

  1. [MENU]キーを押します。
  2. メニュー画面でテンキーの[2]を押します(「複素数計算」が2番に割り当て)。
  3. 画面上部に「i」の小さなアイコンが表示されていることを確認します。

これで複素数モードが有効になりました。このモードのままでも、建物の床面積計算など通常の四則演算は可能です。試験中は常にこのモードで使用することをおすすめします。

ステップ3:主要コマンドを覚える——操作の基礎を手に入れる

複素数計算で頻繁に使うコマンドはごく少数です。次の表で、よく使うキーと操作内容を整理しておきましょう。

目的主要コマンド・操作説明
座標の入力[数値] + [数値][ENG]X座標とY座標を「X + Yi」の形式で入力する
座標を記憶[STO] + [A]入力した座標をメモリAに保存する
距離の計算Abs(絶対値)2点間の距離を一瞬で算出する
角度の計算arg(偏角)2点間の方向角を求める
面積の計算Conjg(共役複素数)座標法による面積計算で使用する

これらのキーの位置を指で覚えておくだけで、操作スピードが格段に上がります。今後の学習でも何度も登場するため、最初の段階で確実に身につけておくことが重要です。

準備が整ったら、いよいよ次章で実際の計算パターンをステップ・バイ・ステップで習得していきましょう。

第4部:【完全図解】土地家屋調査士試験 必須計算パターン ステップ・バイ・ステップ

ここからは、土地家屋調査士試験で必ず出題される計算パターンを、実際の電卓操作とともに順を追って学びます。
各節は「目的」「例題」「操作手順」「画面表示」の4項目で構成されています。電卓を手元に置き、実際にキーを押しながら読み進めてください。

4.1 座標値を入力し、メモリに保存する——すべての計算の基本

目的:問題文で与えられた座標を複素数として入力し、後から簡単に呼び出せるようメモリに登録する方法を学びます。

例題:点Aの座標が (123.45, 67.89) である。この座標をメモリAに保存せよ。

操作手順:

  1. 123.45 と入力
  2. + キーを押す
  3. 67.89 と入力
  4. [ENG] キーで「i」を入力
  5. [SHIFT][STO] を押す
  6. A キーを押す

画面表示:
123.45+67.89i → A と表示されれば保存完了です。

4.2 筆界点間の距離を一瞬で求める

目的:2つの既知点(筆界点など)の直線距離を、三平方の定理を使わず一瞬で計算します。

例題:メモリAに (123.45, 67.89)、メモリBに (200.50, 150.30) が保存されているとき、A-B間の距離を求めなさい。

操作手順:

  1. [OPTN] キーを押す
  2. カーソル▼で「Abs(絶対値)」を選択
  3. [ALPHA]B
  4. -
  5. [ALPHA]A
  6. )=

画面表示:
Abs(B - A)110.004… と表示され、これがA-B間の距離です。

4.3 土地の方向角を正確に算出する

目的:ある点から他の点を見たときの方向角を、三角関数を使わずに求めます。

例題:メモリAからメモリBへの方向角を求めなさい。

操作手順:

  1. [OPTN]arg( を選択
  2. [ALPHA]B
  3. -
  4. [ALPHA]A
  5. )=

画面表示:
arg(B - A)49.59… と表示され、これが方向角(度数法)です。

4.4 交点の座標を求める——複素数計算の応用

目的:直線ABと直線CDの交点Pを求める手順を理解します。
これは複素数計算を応用した重要パターンです。

手順の概要:

  1. 各点A, B, C, Dを複素数としてメモリに保存
  2. 直線ABの方向ベクトル=(B – A)、直線CDの方向ベクトル=(D – C) を求める
  3. これらを特定の交点計算式に代入して解く

最初は公式を覚えなくても構いません。教本や講座の例題を繰り返し模倣し、操作の「型」を体に覚えさせましょう。一度パターンを身につければ、手計算より格段に速く正確に求められます。

4.5 面積をミスなく求める——座標法×複素数の最終スキル

目的:複数の頂点座標から土地面積を座標法で算出します。複素数を使うことで、入力ミスを防ぎながら効率的に計算できます。

例題:三角形ABCの面積を求めなさい。

操作手順の概要:

  1. 各頂点A, B, Cを複素数としてメモリに保存
  2. 以下の式を使用
    [
    S = \frac{1}{2i} \times (A×Conjg(B) + B×Conjg(C) + C×Conjg(A) – Conjg(A)×B – Conjg(B)×C – Conjg(C)×A)
    ]
  3. 実部(Re)の値を取り、2で割る

この操作も最初は複雑に見えますが、電卓の「Conjg」機能を使えば再現が容易です。慣れれば最終問題でも自信を持って取り組めるようになります。

第5部:合否を分けるプロの視点——よくある落とし穴と時間短縮の裏ワザ

ここまでで、複素数計算の基本操作を一通り学びました。しかし、試験本番で実力を最大限に発揮するには、多くの受験生が陥る「落とし穴」を理解し、それを避ける工夫が必要です。ここでは、合格者が実践する「プロの視点」から、精度とスピードを両立させるポイントを紹介します。

落とし穴1:四捨五入のタイミングを誤る

「複素数計算では通常計算と結果がずれることがある」と耳にしたことがあるかもしれません。しかし、その原因は複素数ではなく、四捨五入のタイミングを誤っているケースが大半です。

試験では座標値を小数点第3位で四捨五入し、第2位までを有効とします。重要なのは、「座標が確定するたびに四捨五入を行う」ことです。新しい座標を求めたら、その時点で丸めた値を次の計算に使いましょう。計算の最後まで生の値を使用すると、最終結果に誤差が生じやすくなります。

対策:
関数電卓の表示設定を「Fixモード(小数点第2位または第3位)」に固定しておくと、手動での丸め忘れを防げます。これだけで誤差を防ぐ確率が大きく向上します。

落とし穴2:問題文の読み違い

どれほど計算スキルが高くても、問題文を読み違えれば意味がありません。特に「どの点とどの点を結ぶのか」「どの範囲の面積を求めるのか」といった前提条件を誤ると、全ての計算が無駄になります。

複素数計算で得られた時間的余裕は、問題文の再確認に使うのが正しい戦略です。焦らず一呼吸おくことで、ケアレスミスを確実に防げます。

裏ワザ1:直角交点のショートカット

試験では、2本の直線が直角に交わるケースが頻繁に出題されます。この場合、通常の交点計算を行うよりも、虚数単位iを掛けて90度回転させることで、瞬時に方向ベクトルを求められます。

たとえば直線ABに対して、直角な線の方向を出したいときは、
(B - A) × i と計算するだけです。
このショートカットを知っているかどうかで、計算時間が大きく変わります。

裏ワザ2:メモリを体系的に管理する

関数電卓にはA、B、C、D、X、Y、Mなど複数のメモリがあります。これらを無秩序に使うと、どの値がどの点なのか分からなくなり、再入力が必要になることもあります。

おすすめは、「点AはメモリA」「点BはメモリB」といったようにルール化することです。常に一貫した命名で保存すれば、混乱を防ぎ、操作時間を短縮できます。

これらのコツは、単なる操作法ではなく「試験を戦略的に制するための技術」です。よくある失敗例を把握し、確実に回避することで、あなたの得点力は一段と安定します。

第6部:計算スキルを「得点力」に変えるために

ここまでで、複素数計算という個々の技術を身につけました。しかし、試験で合格点を確実に取るには、単なるスキルの習得にとどまらず、それらを組み合わせて戦略的に使いこなす力が必要です。

ナイフやフォークの使い方を知っているだけでは、フルコースを上品に食べこなせないのと同じです。問題用紙に描かれた図面を見た瞬間に、「どの順で、どの計算を使えば最短で正答にたどり着けるか」を設計できる能力——これこそが真の得点力です。

「型」を学び、戦略的思考を身につける

この戦略的思考を養う最も効率的な方法は、合格者が体系化した手法、つまり「型」を学ぶことです。独学で試行錯誤するよりも、すでに完成されたメソッドを習得する方が、確実に早く実力を伸ばせます。

代表的なのが、土地家屋調査士試験界で定評のある「中山式複素数計算」です。
このメソッドは、独学で全国1位合格を果たした中山祐介講師が、自身の経験をもとに構築した体系的アプローチです。複素数計算のテクニックを単なる計算手順にとどめず、「試験を解くためのワークフロー」として体系化している点が高く評価されています。

このような実績あるシステムを学ぶことで、あなたは「どのタイミングで、どの計算を使うべきか」を瞬時に判断できるようになります。これは、得点を積み上げるうえでの最強の指針となるでしょう。

過去問演習で「使えるスキル」に昇華する

どんなに優れたメソッドも、実際に手を動かして練習しなければ身につきません。過去問を使って反復練習を重ねることで、電卓操作や数式入力の「型」が体に染み込みます。

この記事で紹介した複素数計算の知識と手順は、あなたにとって強力な武器です。あとは、この武器を持って「戦場」である過去問演習を繰り返すだけです。型を反復し、操作を習慣化することで、試験本番でも自然に最短ルートで解答を導けるようになります。

体系化された学習メソッドと継続的な演習が、あなたの努力を確実に合格へと導いてくれるでしょう。

結論:複素数は、行政書士としてのキャリアを次の段階へ導く「最初の扉」である

本記事の冒頭では、法律家が数学に対して感じる自然な不安について触れました。そしてその不安を乗り越える鍵は、複素数を学問ではなく、戦略的なツールとして捉えることだと説明しました。
今、あなたはそのツールの操作方法と、試験で使いこなすための戦略的視点を手にしています。

土地家屋調査士試験で最も心理的な壁とされる「計算問題」を克服することは、単なる試験対策を超えた意味を持ちます。それは、法律家であるあなたが技術的スキルを習得できるという、自信の証でもあります。

この自信こそが、行政書士としてのキャリアを拡張し、高付加価値の業務へと進化させる原動力になります。
相続、農地転用、開発許可といった複合案件を、ワンストップで処理できる「インディペンデント・プロフェッショナル2.0」への第一歩は、まさにこの複素数計算から始まります。

複素数の習得はゴールではなく、スタートです。
それは、あなたが思い描く専門性の深化と事業拡大への最も確実な第一歩であり、法律と技術の垣根を越える“進化”の始まりです。
その扉は今、あなたの目の前に開かれています。