岐路に立つ現代の行政書士:手続きの専門家から、事業の未来を創造するパートナーへ

行政書士として専門性を磨き、信頼を積み重ねてきた実務家にとって、現在の市場環境はこれまでにない機会と同時に静かな危機をもたらしています。近年のデータでは、行政書士業界全体の売上規模がこの10年間で2倍以上に拡大し、1事業所あたりの収益も増加傾向にあります。これは社会の複雑化に伴う許認可業務の多様化や、新規ビジネスの台頭により専門家への需要が高まっていることを示しています。

とはいえ、この成長にはリスクも潜んでいます。市場の拡大は新たな参入者を呼び込み、競争は年々激しさを増しています。特に、定型的な書類作成や申請代行といった手続き業務は、情報の公開やテクノロジーの進化によって価値が相対的に低下する傾向があります。結果として、価格競争に巻き込まれやすく、業務量がそのまま収益に直結する「労働集約型モデル」から抜け出せない事務所も少なくありません。

今、問われているのは単なる効率化ではなく、「自らの価値をどう再定義し、他者には真似できない競争優位を築くか」という本質的な課題です。

この問いへの戦略的な答えの一つが、中小企業診断士(SMEC)資格の取得です。これは単に資格を追加するという話ではなく、行政書士としてのビジネスモデルそのものを変革する取り組みです。診断士としてのスキルを取り入れることで、従来の「手続きの専門家」から、クライアントの事業成長を共に創る「戦略的パートナー」へと進化できます。

この変化はキャリアアップにとどまらず、将来に向けた事業継続戦略でもあります。AIが定型業務を代替し始める今後の時代において、真に価値を持つのは複雑で非定型な経営課題を解決する力です。中小企業診断士の知識とスキルは、まさにその能力――企業を診断し、戦略を立案し、実行を支援するという知的労働への転換を実現します。

本稿では、この変革が何を意味し、行政書士事務所にどのような新しい価値と収益の可能性をもたらすのかを、具体的に掘り下げていきます。

二つの事務所の物語:あなたのビジネスモデルは、どう進化するのか

中小企業診断士の資格がもたらす変化を具体的に理解するために、二つの行政書士事務所を比較してみましょう。一つは従来型の「手続きの専門家」としての事務所、もう一つは「戦略的パートナー」へと進化した事務所です。

「手続きの専門家」事務所(現在の現実)

この事務所は、会社設立や許認可申請などの分野で高い専門性と効率性を誇ります。起業家や中小企業にとって、事業を始める際に欠かせない存在であり、事業ライフサイクルの初期段階における「最初の接点」を担っています。その業務は正確かつ迅速で、クライアントからの評価も高いでしょう。

一方で、このモデルには構造的な課題もあります。クライアントとの関係は多くの場合「取引型」であり、手続き完了と同時に報酬が支払われ、関係が一旦終了します。結果として、一人あたりの顧客生涯価値(LCV)は限定的で、事務所の収益を維持するためには新規顧客を常に開拓し続ける必要があります。これは継続的な営業活動と価格競争への対応を強いられることを意味します。専門家としての評価も「どれだけ早く、安く、正確に処理できるか」に偏りがちです。

「戦略的パートナー」事務所(未来のビジョン)

一方で、行政書士と中小企業診断士のダブルライセンスを持つ事務所は、まったく異なるモデルを構築しています。会社設立業務は依然として重要な入り口ですが、それはクライアントとの長期的な関係の始まりに過ぎません。

この事務所の特徴は「関係構築型」であることです。クライアントの事業ライフサイクル全体に関与し、会社設立(誕生)から事業計画・資金調達(成長)、事業承継(成熟)まで、法務と経営の両面から一貫した支援を行います。このスタイルは顧問契約や成功報酬などの継続的な収益を生み出し、結果として高いLCVを実現します。クライアントとの関係は単なる委託ではなく、事業の成功を共に目指すパートナーシップへと発展します。

専門家としての価値は、「どれだけクライアントの事業を成長させ、成功へ導けるか」で測られるようになります。

二つのモデルの比較表

評価軸手続きの専門家戦略的パートナー(行政書士+中小企業診断士)
クライアントとの関係取引型・短期的関係構築型・長期的
提供価値手続きの代行事業成長の実現
業務の性質受動的(依頼対応)能動的(課題発見・機会創出)
収益モデルスポット料金・作業単価顧問契約・成功報酬・高単価案件
顧客生涯価値(LCV)
競争優位性価格・スピード法務と経営を統合した独自の専門性

この違いは単なる業務範囲の拡張ではなく、専門家としての立ち位置・収益構造・競争優位の源泉そのものを変えるパラダイムシフトです。次章では、この変化を具体的な収益モデルへと結びつける方法を解説します。

高付加価値事務所への設計図:収益構造を変える3つの柱

ビジネスモデルの転換というビジョンを、実際の収益へとつなげるにはどうすればよいのでしょうか。行政書士と中小企業診断士のシナジーは、特に3つの領域で事務所の収益構造を大きく変える可能性を持っています。これらは単なる追加業務ではなく、事務所の価値提案を再定義する「3つの柱」といえます。

柱1:補助金・助成金申請の絶対的スペシャリストになる

この分野は、ダブルライセンスの強みが最も発揮される領域です。補助金や助成金の申請書類を作成して官公署に提出する行為は、行政書士の独占業務とされています。しかし、採択の成否を分けるのは、単なる書類の正確さではありません。審査員を納得させる「事業計画書」の完成度こそが最大の鍵です。

この事業計画書の作成は、中小企業診断士の得意分野です。市場分析、競合優位性、収益・資金計画など、経営戦略の要素を論理的かつ魅力的に構築する力が求められます。行政書士と診断士の両方の視点を持つ専門家は、クライアントのビジネスを深く理解し、戦略的な計画を策定して、形式面も完璧な申請書類として仕上げることができます。

その結果、採択率が高まり、報酬体系を「作業単価」から「成功報酬」へとシフトできます。成果に直結するサービスとして高単価化が可能になり、事務所の利益率を大きく押し上げる強力な成長エンジンとなります。

柱2:新規事業の「設計者」として起業家を導く

企業が誕生する瞬間には、法務手続きと経営戦略の両輪が必要です。行政書士が定款作成や設立登記を担当する一方で、起業家が本当に求めているのは「この事業で成功できるのか」「どんな市場を狙うべきか」「どう資金を集めるか」といった戦略的な助言です。

行政書士兼中小企業診断士であれば、法的手続きの確実な遂行に加え、ビジネスモデルの検証や市場分析、資金計画の策定までワンストップで支援できます。この包括的なサポートにより、クライアントの成功確率を高め、信頼関係を強化できます。その後の成長段階で顧問契約や継続支援へと発展しやすくなるのです。

柱3:「手続き」を「継続コンサル」に変える収益化のトリガー

安定的な収益構造を築くカギは、日常業務の中に潜む「経営課題の発見」にあります。たとえば、クライアントが事業目的の変更に伴う定款変更を依頼した場合、「なぜ今、その変更が必要なのか」を掘り下げることで、より大きな支援の機会が見えてきます。

中小企業診断士としての視点を持つ専門家は、背景にある経営課題や成長機会を分析し、戦略的提案を行えます。新規事業のマーケティング支援、資金調達、組織改善など、高付加価値のコンサルティングへと発展させることができるのです。

こうした日常業務を「トリガー」として深い課題解決へつなげる力こそ、事務所を継続的な収益モデルへ導く原動力です。

これら3つの柱は独立して存在するのではなく、相互に作用して好循環(flywheel effect)を生み出します。
新規事業支援(柱2)で獲得したクライアントに補助金申請(柱1)で成果を出し、その信頼を基に継続コンサル(柱3)へと発展させる。この流れが、クライアントを事務所のファンに変え、持続的な成長を可能にするのです。

先駆者の足跡:ある行政書士は、いかにして事務所を革新したか

理論や戦略がいかに優れていても、現実に成果を上げた事例ほど説得力を持つものはありません。ここで紹介する盛澤陽一郎氏は、中小企業診断士と行政書士のダブルライセンスを活かし、「戦略的パートナー」という新たな専門家像を体現した実践者です。

盛澤氏は、金融機関や税理士事務所での勤務を経て中小企業診断士として独立し、その後、行政書士資格を取得しました。彼のキャリアは、資格を単に増やすのではなく、戦略的に組み合わせて独自の価値を創造するプロセスそのものを示しています。

彼の事務所名「ビーンコンサルティング」は、外見が映画キャラクターに似ていることに由来しています。専門性と親しみやすさを両立させるこのネーミングは、ブランディング戦略としても秀逸です。さらに、独立当初から積極的に人脈を広げ、紹介や指名で仕事を得るという能動的な営業スタイルを確立しました。この姿勢は、ダブルライセンスの活用が「待ちの姿勢」ではなく、「自ら市場をつくる行動力」を必要とすることを示しています。

注目すべきは彼の働き方です。盛澤氏は事務所を経営する一方で、家庭では子育てや家事を主に担う「主夫」としての役割も果たしています。多くの専門家が「事業の拡大=労働時間の増加」というジレンマに直面するなかで、彼は異なるモデルを築きました。

この柔軟な働き方を可能にしたのは、彼のサービス構造にあります。時間に比例する労働集約的業務ではなく、知見や戦略によって価値が決まる「知的集約型ビジネス」へ転換した点が鍵です。例えば、的確な経営助言がクライアントに数千万円の利益をもたらすこともあり、成功報酬型の補助金支援が短期間で大きな収益を生むケースもあります。

盛澤氏の事例は、行政書士と中小企業診断士のダブルライセンスが「収入を増やす手段」ではなく、「働き方を再設計する手段」であることを示しています。時間や場所に縛られず、高い付加価値を提供することで、専門家としての自律性と個人の幸福を両立する“スマートな働き方”を実現しているのです。

多くの実務家が長時間労働と低収益に悩むなかで、彼の生き方は、資格取得がより豊かで持続可能なキャリアを築く「戦略的投資」であることを雄弁に物語っています。

最後にして最大の壁を越える:法務の思考から、経営の視点へ

ここまで、中小企業診断士資格がもたらすビジネスモデルの変革と、その可能性について述べてきました。しかし、この変革の旅路には、最後にして最大の壁があります。それは、試験の難易度そのものよりも、行政書士として培った「法務の思考」から「経営の視点」へと発想を転換することです。

法律の世界では、条文や判例に基づいて唯一の正解を導き出すことが求められます。思考は厳密であり、結論は明確でなければなりません。これに対し、経営の世界では状況が常に変化し、唯一の正解は存在しません。市場、競合、顧客、技術など、多くの要素が絡み合う中で、データと洞察をもとに「より良い選択肢」を探ることが求められます。

特に、中小企業診断士試験の最大の難関である2次試験は、この「経営的思考」を試す場です。与えられた事例企業の課題を分析し、知識を応用して診断を行い、最適な戦略を提言する力が問われます。これは、法律系資格試験で求められるスキルとはまったく異なるものであり、多くの行政書士が最初に戸惑う点でもあります。

とはいえ、この壁を乗り越えたとき、他の専門家にはない強みを得られます。法務の論理性と経営の柔軟性を兼ね備えた人材は非常に希少であり、模倣されにくい競争優位、すなわち「経済的な堀(Economic Moat)」を築くことができるのです。この思考転換こそが、行政書士としての専門性を次の次元へ押し上げる分岐点になります。

幸いにも、この変化を独学で成し遂げる必要はありません。通信講座や予備校では、単なる知識習得にとどまらず、法務思考から経営思考への橋渡しを行うカリキュラムが用意されています。豊富なケーススタディや講師による実践的フィードバック、同じ志を持つ仲間とのディスカッションを通じて、「ビジネス脳」を段階的に鍛えることが可能です。

中小企業診断士への挑戦は、単なる資格取得ではありません。自らの専門性を進化させ、クライアントにとって欠かせないビジネスパートナーへと成長するための自己変革のプロセスです。その道のりは決して容易ではありませんが、その先には「手続きの専門家」を超えた新しい景色が広がっています。挑戦する価値は、間違いなくあります。

まとめ:行政書士が未来を切り開くために

行政書士業界は、社会構造の変化とテクノロジーの進化により、今まさに転換期を迎えています。
従来の「書類作成の専門家」という枠にとどまるのか、それとも「経営の未来を共に創るパートナー」へ進化するのか——その選択が、これからの10年を決定づけます。

中小企業診断士の資格取得は、単なるスキルアップではなく、思考とビジネスモデルを根本から変える“戦略的投資”です。
法務知識を武器としながら、経営の視点を加えることで、クライアントにとって代えの利かない存在になれます。

今後、AIや自動化が進むなかで、真に価値を持つのは「情報を処理する力」ではなく、「本質を見抜き、提案する力」です。
行政書士としての専門性に経営戦略の思考を掛け合わせることができれば、事務所経営は安定と成長の両立を実現できます。

変化を恐れず、進化を選ぶこと。
それこそが、これからの行政書士に求められる最大の条件です。
あなたの事務所が、クライアントの未来を共に築く“戦略拠点”へと生まれ変わる日も、そう遠くはありません。