目次

第1章|合格実績を正しく比較するために──まず知っておきたい全国統計(2020〜2024年度)

各通信講座が公表している「合格率」や「合格者数」を客観的に評価するためには、まず、基準となる全体の統計データを把握しておく必要があります。その比較の出発点となるのが、行政書士試験の実施機関である「一般財団法人 行政書士試験研究センター」が毎年公表している全国の試験結果です。

この公式データは、特定の通信講座に通った受講生に限らず、全受験者を対象とした唯一の客観的な基準です。本記事の分析も、この全国統計を基盤として行っています。

以下は、直近5年間(2020年度〜2024年度)の試験実施結果の推移をまとめたものです。

年度受験者数合格者数合格率
2024年度(令和6年度)47,785人6,165人12.90%
2023年度(令和5年度)46,991人6,571人13.98%
2022年度(令和4年度)47,850人5,802人12.13%
2021年度(令和3年度)47,870人5,353人11.18%
2020年度(令和2年度)41,681人4,470人10.72%

(出典:一般財団法人 行政書士試験研究センター)

この表からわかるとおり、行政書士試験の合格率はここ数年、おおむね10%台前半で推移しており、平均すると約12〜13%の水準にあります。これは裏を返せば、毎年約9割の受験者が不合格となるという厳しい現実を意味しており、行政書士試験がれっきとした難関国家資格であることを如実に物語っています。

一方で、通信講座の広告などでは「全国平均の3倍以上」などと、非常に高い合格率を打ち出すケースが少なくありません。こうした数値のインパクトに惑わされないためにも、まずはこの「全国平均12.90%(令和6年度)」という基準値をしっかり把握しておくことが、冷静な比較検討を行う上での重要な一歩となります。

第2章|“合格率”を鵜呑みにしてはいけない理由──講座ごとの算出方法を徹底検証

各通信講座が提示する「合格率」は、一見すると講座の実力を表す客観的な指標に思えます。しかし実際には、その数字の出し方には大きな違いがあり、統一された業界基準は存在しません。

特に注意すべきなのが、合格率の計算式における「分母」の定義です。

一般的に、合格率は「合格者数 ÷ 受講者数」で算出されます。しかし、この「受講者数」に誰を含めるかによって、合格率の数値は大きく変わります。たとえば、有料講座の全申込者を分母にする場合と、アンケートに回答した一部の受講生のみを対象とする場合では、数値に大きな差が出ます。

以下では、主要3講座(アガルート、フォーサイト、TAC)の合格率の算出基準を分析し、その裏側にあるロジックとマーケティング手法を明らかにします。

2.1 アガルートアカデミー|高い合格率の背景にある「任意アンケート方式」

アガルートアカデミーでは、次のような実績を公表しています。

  • 【2024年度】合格率:46.82%(全国平均の3.63倍)
  • 合格者数:300名

この合格率は、「合格特典(ノベルティ)」を受け取るための任意アンケートに回答した受講生のデータをもとに算出されています。

● 分析ポイント

  • 自己選択バイアスの存在
    アンケート回答が任意であるため、合格者ほど積極的に回答する傾向が強く、不合格者は回答しない可能性が高いです。その結果、回答者全体に占める合格者の割合が実際よりも高くなりやすいというバイアスが生じます。
  • 数字の「正確さ」が与える誤解
    「合格率46.82%」という小数点以下2桁までの数値は、あたかも厳密な統計であるかのような印象を与えますが、実態は自己申告ベースの限定的な集計である点に注意が必要です。
  • 合格率と合格者数の併記による戦略
    「合格しやすい講座である」と同時に「実績ある人気講座である」ことを印象づけるため、合格率と合格者数の両方を併記するマーケティング手法がとられています。

2.2 フォーサイト|「上位コース」中心の実績に注意

フォーサイトもまた、広告などで高い合格率を大きく打ち出している講座です。

  • 【2024年度】合格率:49.4%(全国平均の3.83倍)
  • 合格者数:206名

この数値は、「受講生アンケートに基づく」と明記されており、算出方法としてはアガルートと同様に任意アンケート方式が採用されています。また、一部資料では「バリューセット3」という上位コースの受講生に限定した実績である可能性が示唆されています。

● 分析ポイント

  • アンケート方式による選択バイアス
    任意回答である以上、合格者の比率が過剰に高くなる傾向があります。これはアガルートと同様のリスクです。
  • 実績が一部コースに限定されている可能性
    高い合格率が、最上位コースである「バリューセット3」の受講者に限定されたものであれば、他の講座(基礎コースなど)には必ずしも当てはまりません。この点は、講座選択の際に特に注意すべきポイントです。
  • マーケティング戦略としての継続性
    フォーサイトは近年、同様の形式で合格率を継続的に公表しており、アンケート方式を中心とした実績訴求が同社の主要戦略であることがわかります。

2.3 TAC|厳格な条件による「限定的」だが透明な合格率

資格予備校大手のTACでは、他社とは異なる算出方法で合格率を公表しています。

  • 【2024年度】合格率:66.2%(全国平均の5倍以上)
  • 対象:本科生カリキュラム修了者で、一定の成績要件を満たした者(71名中47名が合格)

● 分析ポイント

  • 明確な条件による限定集計
    対象者は「答練・模試の提出率60%以上」かつ「全国模試の正答率60%以上」を満たした本科生のみ。全受講生のうち、ごく一部の成績優秀者に限定されたデータです。
  • 合格率の高さは「対象者の限定性」に起因
    66.2%という高い合格率は、講座全体の成果ではなく、ハードルを超えた一部受講者の成果です。あくまでも「講座を最大限活用できた人」に限定された成果と認識する必要があります。
  • 透明性の高さと誠実な情報開示
    TACは算出対象や条件を明示しており、数字の前提がはっきりしています。他社のように「アンケートベース」ではなく、客観的な成績基準に基づいている点は評価できます。

このように、「合格率」の数値だけを見るとアガルートやフォーサイトの方が高く見えるかもしれませんが、対象者の範囲や算出方法を比較すると、その意味するところはまったく異なります。講座を選ぶ際には、「誰が対象なのか」「どのように集計されているのか」という点に注目し、数字の裏側を読み解く姿勢が欠かせません。

第3章|合格率だけでは見えない実力──「合格者数」や「合格者の声」に注目する

すべての通信講座が「合格率」を公表しているわけではありません。中には、あえて合格率を出さず、「合格者数」や「合格体験記の数」といった別の指標を用いて実績を示している講座も存在します。

このような“代替指標”は、単なる数値とは異なる観点から講座の信頼性や規模、受講生満足度などを読み解くヒントになります。ただし、それぞれの指標が何を意味し、何を意味しないのかを見極める視点が欠かせません。

ここでは、合格者数や体験記数を前面に出す代表的な講座について、その意図や実態を検討していきます。

3.1 伊藤塾|堅実な「合格報告数」で指導力を証明

法律系資格において実績のある伊藤塾では、「合格率」ではなく、自己申告による「合格報告数」を公表しています。

  • 【2024年度】合格報告数:368名
  • 累計合格者数(2002年〜):5,841名

● 分析ポイント

  • 定義が明確な実績指標
    公表されている合格者数は、有料講座の受講生で、かつ合格したことを自己申告した人に限定されています。不申告の合格者は含まれていないため、実際の合格者数はさらに多い可能性があります。
  • 合格率ではなく「合格者数」を選ぶ姿勢
    合格率という集計上の曖昧さを避け、検証可能な“報告ベースの実績”を重視している姿勢は、伊藤塾の誠実なブランドイメージと一致しています。

3.2 LEC東京リーガルマインド|実績公表の方向性を転換

大手資格予備校のLECは、過去には合格率を公表していたものの、現在は「合格者数」を中心とした実績開示にシフトしています。

  • 【2024年度】合格者数:268名(コース受講生ベース)

● 分析ポイント

  • 合格率から合格者数への転換
    以前は特定コースに限定した合格率を算出していたLECですが、現在はシンプルな合格者数の公表に切り替えています。この変化は、マーケティング戦略上の判断によるものと考えられます。
  • 定義の曖昧さには留意
    「コース受講生」という用語の中身が明確に定義されていないため、数値の解釈にはやや注意が必要です。ただし、累積ベースではなく、年度ごとの具体的な実績としては参考になります。

3.3 ユーキャン|長期的な累計実績で安心感をアピール

通信教育最大手のユーキャンは、10年間にわたる累計合格者数という形で実績を公表しています。

  • 【2014年〜2023年】累計合格者数:2,581名(年平均258名)

● 分析ポイント

  • 長期スパンによる信頼感の訴求
    単年度の成績ではなく、長期的な実績に基づく公表方法は、ユーキャンのブランド力と継続性を印象づける手法です。
  • 最新の競争力は見えにくい
    直近年度の合格率や合格者数は明記されていないため、「現在どのくらい合格しているか」を知りたい場合にはやや情報が不足しています。

3.4 スタディング|「合格者の声」でユーザー満足度を訴求

スマートフォン学習に特化したスタディングは、合格率を公表せず、「合格者の声(体験談)」の数を主要指標として掲げています。

  • 【2024年度】合格者の声:273件
  • 合格率は非公表

● 分析ポイント

  • 定性的な指標による評価
    合格体験談の件数は、講座の「満足度」や「受講生とのつながりの強さ」を示す意味合いが強く、単なる合格率よりも“学習体験”に重きを置いているといえます。
  • 合格率をあえて出さない理由が明確
    同社は、通信講座の特性上、全受講生の正確な合否を把握することが困難であると説明しており、意図的に合格率を公表しない姿勢を取っています。
  • コミュニティ重視のブランド戦略
    数字の競争から一歩引き、講座の質やサポート体制、ユーザーとの信頼関係を前面に出すというスタンスが感じられます。

このように、「合格率」という指標だけでは測れない多様な実績の“見せ方”が存在します。合格者数や体験記といった指標は、それぞれの講座が持つ特徴や価値観を反映しており、受講検討者が自分に合った講座を見極める際の重要な判断材料になります。

第4章|「実績を公表しない」という選択──非開示に込められた企業のメッセージ

合格率や合格者数を積極的に公表する講座がある一方で、あえて詳細な実績を公表しない方針を取る講座も存在します。これは単なる「情報不足」ではなく、明確な方針と戦略に基づいた選択である場合が多く、その背景には独自の考え方や価値観が込められています。

ここでは、非開示というアプローチを取っている代表的な講座として「クレアール」と「資格の大原」を取り上げ、その姿勢と意図を読み解いていきます。

4.1 クレアール|合否を正確に把握できないという前提から生まれた誠実な姿勢

クレアールは「非常識合格法」など独自の学習メソッドで知られていますが、行政書士試験の合格実績については、公表に極めて慎重な姿勢をとっています。

● 公表スタンス

  • 合格率・合格者数のいずれも非公表
  • 理由として、「通信講座という性質上、全受講生の合否を正確に把握することが困難である」と明言

● 分析ポイント

  • 数値の“正確性”を重視した誠実な方針
    通信講座では、受講生が自己申告しない限り合否を把握することが難しく、実態を正確に反映したデータを得ることができません。そのような限界を踏まえ、不確かな情報をあえて出さないというクレアールの判断は、数値の信頼性を重視する姿勢の表れと言えます。
  • 他社への静かなカウンターメッセージ
    任意アンケートなどの限定的なデータをもとに高い合格率を謳う他社に対し、クレアールは「確かな情報でなければ出さない」という立場を取っています。この姿勢は、業界全体への静かな問いかけとも受け取れます。
  • 実績以外の強みで差別化
    クレアールは「セーフティプラン」など柔軟な受講制度や、教育訓練給付制度の対象講座であることなど、数値では測れない価値を訴求する戦略を採っています。

4.2 資格の大原|あえて積極的に打ち出さない“静的”マーケティング

全国展開する大手資格学校「資格の大原」は、行政書士講座において、他の人気講座(公認会計士や社会保険労務士など)と比べて、実績公表に消極的な傾向があります。

● 公表スタンス

  • 合格体験記(インタビュー記事など)は一部掲載
  • ただし、直近年度の合格率や合格者数といった定量的データは公式サイト上で確認しづらい

● 分析ポイント

  • 他資格とのマーケティング優先度の違い
    大原は公認会計士など他資格では豊富な実績と合格率を積極的にPRしていますが、行政書士についてはそれほど前面には出していません。これは、同校にとって行政書士講座がマーケティング上の主軸ではない可能性を示しています。
  • 公表しない理由は語られない
    クレアールのように「非公表の理由」を明示しているわけではなく、情報発信の濃淡にマーケティング上の意図を感じさせるスタイルです。
  • ブランドと施設の力に依存する構造
    対面型の手厚いサポートや全国に構える校舎という強みを活かし、数字よりも「安心感」「指導環境」のイメージ訴求を重視していると考えられます。

数値をあえて出さない講座には、それぞれの戦略と信念があります。受講者としては、「公表されていない=信頼できない」と単純に判断するのではなく、情報の出し方そのものが“企業の価値観”を映す鏡であることを理解し、自身の判断軸に照らして見極めることが大切です。

第5章|信頼できる講座をどう選ぶ?──数字の裏を読み解く評価フレームワーク

本章では、これまでの分析をもとに、「本当に信頼できる行政書士講座」を見極めるための実践的な評価軸を整理します。

大切なのは、「高い合格率=優れた講座」という短絡的な判断を避けること。重要なのは、その数字の意味を正しく理解し、開示姿勢や算出根拠をふまえて総合的に判断する力です。

講座をランキング化するのではなく、受講希望者が自身の価値基準に基づいて選択できるよう、「信頼性」という観点から講座を見る視点を提供します。

5.1 情報開示の姿勢で見極める「透明性スペクトラム」

行政書士講座が公表する合格率や合格者数には、業界で統一された定義が存在しないため、数字の意味を正しく理解するためには、「どこまで開示しているか」に注目する必要があります。

ここでは、情報開示のレベルに応じて、各講座を「透明性スペクトラム」として以下のように分類できます。

● スペクトラム分類(例)

  • ① 限定的だが高透明度(TACなど)
    対象者を厳しく絞った上で、明確な算出基準を開示。高い合格率の意味を理解しやすい。
  • ② 実数ベースの実績(伊藤塾・LECなど)
    合格率は示さず、報告による合格者数を公開。定義は明確で、数値の信頼性も高い。
  • ③ 任意アンケート方式(アガルート・フォーサイトなど)
    合格率は高いが、分母にバイアスがある可能性あり。「広告」としての性質が強い。
  • ④ 長期的・定性的指標(ユーキャン・スタディングなど)
    直近の実績ではなく、累計合格者数や合格者の声で講座の価値を訴求。
  • ⑤ 非開示方針(クレアールなど)
    データの正確性に疑問があるとして、あえて実績を公表しない。誠実さの表れとも言える。

● ポイント

このような分類をもとに、「どの講座が自分の判断基準に合致するか」を見極めることが大切です。単に数値の高さで選ぶのではなく、その“出し方”と“意図”を見抜く視点が求められます。

5.2 受講前に確認すべき5つのチェックポイント

講座を比較・検討する際に、ただ数字を見るだけでは本質はつかめません。次の5つの観点から、その実績の意味合いを読み解きましょう。

✅ チェックリスト

  1. 誰を対象にしたデータか?
    合格率や合格者数が「全受講生」ベースなのか、それとも「特定の条件を満たした一部の層」なのかを確認しましょう。
  2. 対象者の選定基準は明示されているか?
    模試の提出率や正答率など、対象とするための明確な基準があるか。曖昧なままでは比較できません。
  3. 公表されている指標の種類は?
    「合格率」か「合格者数」か、「体験記数」か。それぞれが意味するものは異なります。
  4. データの新しさは十分か?
    直近年度の情報なのか、過去の累計値なのか。情報の鮮度が高い方が信頼性は高まります。
  5. なぜ実績を公表していないのか?
    公表していない講座がある場合、その理由を明示しているかどうかも重要な判断材料になります。

● 補足

このチェックリストを活用することで、広告の数字に振り回されることなく、自分にとって本当に意味のある情報を見極めることができます。

5.3|主要講座の実績を横断比較──合格率や合格者数、その「前提条件」を読み解く

これまで見てきたように、各通信講座が公表する「合格率」や「合格者数」には、数字だけでは読み取れない背景や条件が数多く存在します。

ここでは、代表的な行政書士講座について、実績の種類・公表数値・算出方法(信頼性や注意点)を一覧形式でまとめました。

この比較表を通じて、「数値の高さ」ではなく「情報の透明性」や「自分にとっての信頼軸」で講座を評価する視点を持っていただければと思います。

講座名公表指標の種類公表数値(2024年度中心)算出基準・留意点
アガルート合格率・合格者数合格率46.82%(全国平均の3.63倍)
合格者数:300名
有料講座受講者の任意アンケートによる自己申告。
選択バイアスの可能性大。
フォーサイト合格率・合格者数合格率49.4%(全国平均の3.83倍)
合格者数:206名
任意アンケート集計。
一部コース(バリューセット3)に限定されている可能性あり。
TAC合格率合格率66.2%本科生のうち答練・模試提出率60%以上+模試平均正答率60%以上の者が対象。
実績対象者は71名のみ。算出基準は明確。
伊藤塾合格者数合格報告数:368名
累計5,841名(2002年以降)
有料講座受講者による自己申告ベース。
申告しない合格者は含まれず、実際の合格者数はさらに多い可能性あり。
LEC合格者数合格者数:268名(コース受講生)「コース受講生」の定義がやや曖昧。
過去には厳密な合格率を公表していたが、現在は合格者数にシフト。
ユーキャン累計合格者数過去10年で2,581名(年平均258名)長期的な累計実績。
直近年度の合格率・合格者数は不明。
スタディング合格者の声(体験談数)合格者の声:273件合格率は非公表。
任意投稿による体験談の掲載数。
満足度・コミュニティ訴求が中心。
クレアール実績非公表「通信講座では正確な合否把握が困難」として合格率・合格者数ともに非公表。
公表しないこと自体が誠実な方針として説明されている。
資格の大原実績限定的合格体験記は一部掲載合格率・合格者数は明確に公表されていない。
他資格では積極開示しているが、行政書士については控えめな発信。

この比較表からも分かるとおり、「高い合格率」や「多くの合格者数」がそのまま講座の実力を示すとは限りません。

重要なのは、数字の“見え方”ではなく“出し方”です。

自分がどのような価値観で講座を選びたいのか──透明性、実績、サポート、実務直結性など──その軸を明確にしたうえで、こうした実績データを参考にすることが、後悔しない選択につながります。