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はじめに|なぜ記述式問題は「ブラックボックス」と言われるのか?

行政書士試験において、合否を大きく左右するパートのひとつが「記述式問題」です。全体300点中60点(3問×20点)を占め、配点の割合としては20%。合格基準点である180点のうち、約3分の1がこの記述式に委ねられている計算になります。言い換えれば、この60点の出来が1年分の努力を左右すると言っても過言ではありません。

しかし、この記述式セクションには、大きな特徴があります。それは、「採点基準が一切公開されていない」ということです。試験を実施している「行政書士試験研究センター」は、記述式の評価方法や配点の詳細について、明確な情報を一切明かしていません。

この「情報の非開示」が受験生の間に強い不安をもたらしており、「何をどれだけ書けば何点もらえるのか」が見えないことから、記述式は「60点のブラックボックス」と揶揄されるようになりました。結果として、

  • 採点が厳しすぎる
  • 自己採点と大きくズレている
  • 合格率を調整するために採点が操作されているのでは?

といった、さまざまな憶測や不信感が飛び交っています。

本記事では、この“ブラックボックス”の実態に迫ります。過去の出題傾向や専門家の分析、合格者の体験談、さらには情報公開制度の活用例などをもとに、記述式の採点プロセスを多角的に検証していきます。

そして最後には、受験生がこの不確実な記述式問題にどう向き合い、戦略的に得点を積み上げていくべきか。そのための現実的かつ実践的な対策指針を提示します。

第1章|採点はどう決まる?記述式問題の評価構造を読み解く

行政書士試験の記述式問題における採点は、単純な加点・減点ではなく、複数の観点から評価される多層的な構造になっていると考えられています。本章では、採点の主要な構成要素を3つの視点から解説します。

1.1 採点の基準は「キーワードの有無」──暗黙の共通認識

現時点で最も広く信じられているのが、「採点はキーワードを中心に構成されている」という説です。実際、大手予備校や合格者の記述対策も、いずれもこの仮説を前提としています。

具体的には、問題文の論点に即した法律用語や訴訟類型、適切な当事者名などが、いわば“採点ポイント”として機能しているという考え方です。たとえば、「本件組合」「換地処分」「無効等確認の訴え」などの記載があるかどうかによって、得点が分かれると想定されます。

ただし、キーワードが完全一致でなければいけないわけではなく、法的に同義と解釈できる表現であれば加点対象になる可能性もあると言われています。ただし、「訴訟名」「裁判所名」「行政機関名」など、固有性の高い語句については特に正確な記述が求められる傾向があります。

1.2 「部分点」という救済措置──白紙にしない勇気が合否を分ける

記述式の採点は「満点か0点か」ではなく、部分点が与えられる方式で行われていることが、多くの予備校や合格者の証言から明らかになっています。

たとえば、解答の論理構成はおおむね正しく、キーワードの一部も含まれているが、表現にやや不正確な箇所がある──こうした場合でも、一定の点数が与えられる可能性が高いとされています。

このため、たとえ自信がない問題でも、空欄にせず、自分なりの理解に基づいて何かしらの解答を書くことが極めて重要です。部分的に正しい記述であっても、得点に結びつく可能性がある以上、「白紙」は最も避けるべき選択肢といえるでしょう。

1.3 減点を避けるには?──知っておきたい4つのリスク要因

記述式問題で高得点を狙ううえでは、加点要素だけでなく「減点されるポイント」を把握しておくことも極めて重要です。ここでは、特に減点対象になりやすい4つの項目を取り上げます。

1.3.1 法的な誤りは致命傷──“積極的ミス”の重み

たとえば、「被告」を「B市」とすべきところを「B市長」と書いてしまう、あるいは「家庭裁判所」を「地方裁判所」と誤記する──こうした法的な誤認や事実誤認は「積極的ミス」として厳しく減点される要因になります。

この場合、単にキーワードが間違っているというだけでなく、解答全体の信頼性が失われ、部分点すら与えられない可能性があります。

1.3.2 誤字・脱字はどこまで許されるのか?

解答中の誤字や脱字も、原則として減点対象です。特に法律用語に関する誤記(例:「嫡出否認の訴え」→「摘出否認の訴え」)は、法的意味が変わってしまうため、重く見られる傾向にあります。

一部の専門家の見解では、「1誤字につき2点減点」という採点仮説も示されており、慎重な記述が求められます。

1.3.3 「40字程度」の罠──字数制限違反のリスク

記述式問題は、多くの場合「40字程度」という制限が設けられています。この制限を大きく超えると、論理性が評価されにくくなるだけでなく、採点上のペナルティが発生する可能性もあるとされています。

ある試算では、「46字以上で4点減点」「50字を超えると10点減点」といった仮定も語られており、表現の簡潔さも重要な戦略の一部といえるでしょう。

1.3.4 意外な落とし穴?句読点の扱いに注意

文末の句点「。」や読点「、」の有無については、明確な公式見解はありませんが、受験生の間では「句読点の脱落も減点対象になり得る」という指摘が散見されます。

文章としての形式を整える意識が、採点者の印象に影響を与える可能性は十分にあるため、細かい部分まで丁寧に記述する姿勢が大切です。

このように、記述式の採点は「キーワードの有無」「部分点の配分」「減点項目の管理」という3層構造で成り立っていると推察されます。自己採点と実際の得点が一致しにくい背景には、こうした複雑な採点モデルが存在していることを理解しておく必要があります。

第2章|記述式の採点で合格率はコントロールされているのか?──「合格率調整説」を検証する

行政書士試験の受験生コミュニティでは、「記述式の採点が合格者数を調整するために使われているのではないか?」という疑問が長年ささやかれています。これが、いわゆる「合格率調整説」です。

本章では、この説がなぜ広まったのか、その根拠や矛盾点を客観的に検討し、「噂」から「構造的な可能性」へと踏み込んで解説します。

2.1 合格率を調整している?噂の背景にあるもの

合格率調整説の根幹にあるのは、「記述式の採点基準は非公開であり、裁量の余地が非常に大きい」という事実です。

行政書士試験の合格基準は明確に「絶対評価」とされていますが、それでも毎年の合格率がほぼ10%前後で推移していることから、

「採点のさじ加減で、合格者数が調整されているのでは?」

という疑念が生まれています。

この説では、択一式や多肢選択式の得点状況に応じて、記述式の採点を「厳しく」あるいは「甘く」することで、最終的な合格率を意図的に調整している可能性があると考えられています。

2.2 年によって“辛口”と“甘口”がある?記述採点と択一の相関関係

この調整説を支持する根拠として、受験生のあいだで広く語られているのが「その年の択一の難易度と、記述式の採点の厳しさには相関がある」という実感です。

【シナリオA】択一が易しい年

→ 多くの受験生が高得点を取るため、記述式の採点が“辛口”になり、合格者数が絞られる。

【シナリオB】択一が難しい年

→ 合格ラインに届く受験生が少ないため、記述式は“甘口”採点になり、補完的な役割を果たす。

実際、「例年より点が取れたはずなのに不合格だった」「自己採点より記述の点が大幅に低かった」といった声が寄せられるのは、まさにこの“採点の揺れ”を物語っているとも言えます。

2.3「逆補正」はない──絶対評価との整合性をどう見るか?

ここで注意しておきたいのは、行政書士試験が公式には「絶対評価方式」である点です。つまり、

  • 法令等科目:244点満点中122点以上
  • 一般知識等科目:56点満点中24点以上
  • 総得点:300点満点中180点以上

という3つの基準をすべて満たすことで、合格が決まります。

この「180点」という基準点をその年ごとに引き上げる、いわゆる「逆補正(合格ラインの引き上げ)」は制度上ありえないと明言されています。過去に行われた調整は、平成26年度に難易度を考慮して180点→166点に「引き下げた」事例のみ。これは“救済的措置”であり、合格ラインを上げた事例は存在しません。

では、合格率調整説と絶対評価は矛盾しないのか?

ここで注目すべきは、調整が行われているのは「180点という合格点」そのものではなく、その中身である「記述式60点の採点基準」だという点です。記述の採点基準が非公開である限り、その運用によって「何人が180点を超えるか」が事実上調整可能になります。

つまり、制度としては絶対評価を維持しつつ、実態としては“運営側のコントロール”が働いている可能性が否定できないのです。

「記述式採点で合格者数が調整されている」という説は、確たる証拠があるわけではありませんが、受験生の実感値や得点傾向の分析から見ても、無視できないリアリティを持っています。次章では、実際の得点結果と自己採点との乖離事例から、この“採点の揺れ”をさらに掘り下げていきます。

第3章|なぜ記述の得点は“読めない”のか?──受験生の実例から見える採点のブレ

ここまで見てきたように、行政書士試験の記述式は、採点基準が非公開であることから、不確実性が非常に高いパートです。とくに受験生の間で語られているのが、

  • 自己採点と公式発表の得点に大きなズレがある
  • 予備校による採点サービスと結果が一致しない

という「採点の揺らぎ」に関する体験談です。

この章では、受験生の証言とデータを通じて、実際にどのような乖離が起きているのか、またそれに対して予備校がどのような支援を行っているのかを検証していきます。

3.1 自己採点と本番の点数はなぜズレる?──現場から見える“不可解な結果”

まず注目すべきは、「自己採点では満点に近いはずだったのに、実際には一桁点だった」というような、極端な得点乖離の事例です。

ケース1:自己評価では高得点、実際はわずか6点

ある受験生は、記述3問の再現答案を丁寧にまとめ、自信を持って臨んだものの、通知された得点はなんと6点。論点の把握・語句の正確性・構成のどれをとっても大きなミスは見当たらず、「なぜこの点数なのか分からない」と困惑しています。

ケース2:重要キーワードが抜けたが予想以上の得点に

一方で、「追認を拒絶」などの主要キーワードを落としたにもかかわらず、46点という高得点を取った受験生もいます。本人曰く、「ミスはあったけれど、全体の論理構成は成立していた」。このことから、一定の採点基準と減点のバランスが取られていた可能性も伺えます。

ケース3:句読点の有無まで影響した?

別のケースでは、「文末の句点(。)を入れ忘れたせいで点が伸びなかったのではないか」という声も。些細に思える形式的ミスも、積み重なると得点に影響を及ぼしている可能性があります。

このように、記述式の得点は「キーワードがあるかどうか」だけで決まるわけではなく、「文脈」や「整合性」「表記の正確性」など、複数の要素が絡み合った結果として現れることが分かります。

3.2 予備校の採点サービスはどこまで信用できるのか?──人力とAIの現状比較

受験生にとって、採点の不透明さを少しでも解消してくれる存在が「予備校の採点サービス」です。特に近年は、AIを活用した添削も登場し、選択肢が広がっています。

伝統的な添削サービス(LEC・TAC・伊藤塾など)

大手予備校は、試験日当日から再現答案の受付を行い、専門講師が個別に採点・フィードバックを返すサービスを提供しています。これにより、自分の記述答案がどの程度得点できるか、目安を得ることができます。

ただし、予備校ごとの採点結果に差があるのも事実で、「LECでは16点、TACでは12点」というように評価が分かれることもあり、最終的な本試験の得点とズレるケースも少なくありません。

新興のAI採点サービス(スタディングなど)

スタディングをはじめとした通信講座では、生成AIによる「即時添削フィードバック」を導入。再現答案を入力すると、即座に予測得点と改善点を表示してくれるという新たなスタイルです。

スピードと効率の面では非常に有用ですが、あくまで「予測点」であり、本試験の採点結果と一致することは保証されていません。運営側も「訓練用ツール」と明記しており、過信は禁物です。

このように、記述式採点における「見えない基準」に対し、予備校やAIが提供するのはあくまで“参考値”です。最終的には、本番で採点者がどう判断するかに委ねられているため、「絶対評価の試験なのに、得点は相対的に感じられる」という矛盾に、多くの受験生が直面しているのが実情です。

第4章|記述式の“謎”に迫る唯一の方法──情報開示請求という選択肢

記述式の採点が“ブラックボックス”であることは多くの受験生にとって共通認識ですが、それをわずかにでも照らす手段があります。

それが「個人情報開示請求制度」を使った、答案用紙の閲覧申請です。

本章では、制度の手続きや実際に開示される範囲、そしてこの方法にどれだけの現実的な価値があるのかについて詳しく解説します。

4.1 答案のコピーは取り寄せられる──開示請求のルールと手順

行政書士試験の実施主体である「行政書士試験研究センター」は、個人情報保護法に基づき、受験生本人が希望すれば、当日提出した答案用紙のコピーを開示する制度を設けています。

手続きは比較的シンプルで、

  • 所定の申請用紙に記入
  • 本人確認書類を添付
  • 返信用封筒(簡易書留・切手貼付)を同封
  • 郵送で請求

という流れで行います。

請求対象となるのは「マークシート解答」と「記述式答案」の両方です。

4.2 見られるもの、見られないもの──制度の“限界”

この制度で開示されるのは、あくまで「受験生本人が記載した答案のコピー」のみです。つまり、

  • 採点者のコメント
  • 得点の内訳
  • 採点基準
  • 採点メモや記号

といった、採点プロセスに関わる情報は一切開示されません。

また、マークシートについても機械読み取り結果は開示されず、自身の塗りつぶし状況を確認するにとどまります。したがって「どこで点を落としたのか」は分からないのが実情です。

この制度は「自分が何を書いたかを客観的に再確認できる」点に意味があるのであり、「採点基準を知る」手段ではないことに注意が必要です。

4.3 期待しすぎないことが前提──それでも使う価値はあるか?

この開示制度には確かに限界がありますが、それでも次のような場面では有効です:

  • 自分の記憶と実際の答案のズレを確認する
  • 再現答案の精度を高めたいとき
  • 模範解答と比較し、どの論点が不足していたかを分析したいとき
  • マークミスや読み取りエラーが疑われるとき

また、SNSや受験ブログで共有される開示答案の事例は、匿名とはいえ他の受験生にとっても貴重な参考資料になります。

一方で、「採点の根拠を明らかにする手段」としては限界が明白であり、この制度によって“ブラックボックス”が完全に解消されることはありません。

むしろ、この制度の存在自体が「開示できる情報の線引き」を明確にしており、試験センター側が採点基準の不透明性を維持している構造を浮かび上がらせているとも言えます。

採点の不透明さに対してできることは限られているものの、この開示請求制度は「受験経験の棚卸し」としては十分に意味のあるツールです。あくまで“確認用”として活用し、過度な期待をせず、戦略的に使いこなすことが重要です。

結論|「60点のブラックボックス」とどう向き合うか──戦略的に記述式を攻略するために

行政書士試験の記述式問題は、その重要性にもかかわらず、評価の仕組みが公開されていないという特殊な領域です。採点基準は非公開、得点の内訳もわからない──だからこそ、記述式は「60点のブラックボックス」と呼ばれ、多くの受験生を不安にさせています。

この不透明な領域において、私たちができることは、感情的になって疑心暗鬼になることではなく、「何がわかっていて、何がわからないか」を冷静に見極め、その上で戦略を立てることです。

ここでは、これまでの分析をふまえた“記述式攻略の実践ポイント”を整理しておきます。

✅ 採点の構造を理解する

  • キーワード採点と部分点制度は、事実上の標準ルール
  • 誤字・脱字・法的誤り・字数超過は減点リスクとして認識する
  • 完璧な答案を目指すより、「ミスなく減点を防ぐ」視点が重要

✅ 知識よりも「40字の表現力」を磨く

記述式は知識量の勝負ではありません。
むしろ、「問いの論点を的確に読み取る力」と「40字前後で要点をまとめる力」が得点を左右します。

普段から、

  • 条文・判例の要点を40字で要約する練習
  • 出題パターン別のフレーズストックづくり
  • 模試・答練で“時間内に書き切る力”の養成

といった訓練を積んでおくことで、実力が点数に変わる精度が上がります。

✅ 「完璧でなくていい」──部分点を積み重ねる発想へ

記述式は、3問すべてで満点を狙う必要はありません。
現実的には、3問合計で30~40点台を安定して取れることを目指すのが合格戦略上もっとも効率的です。

そのためには、「白紙にしない」ことが最重要。
たとえ曖昧な箇所があっても、論点を外さず、法的な筋道を立てて記述することで部分点が狙えます。

✅ 記述式に左右されないための“心の備え”も必要

最後に、試験後のメンタルケアとして知っておいていただきたいのが、「記述を除いて180点以上であれば、ほぼ確実に合格」という経験則です。

なぜなら、記述式はマイナス評価にならないから。
この「記述抜き180点ルール」を頭に入れておくことで、合格発表までの不安を最小限に抑えることができます。

記述式は確かに“読めない”試験です。
しかし、“読めないから捨てる”のではなく、“読めないからこそ、ブレずに準備する”という逆転の発想が、合格の鍵になります。

どんなに制度が不透明でも、あなたの準備と戦略には透明な力があります。
だからこそ、今日できる一歩を着実に積み重ねていきましょう。