第1章|ジグザグ学習とは何か?──記憶と応用力を同時に鍛える学習モデル
1.1 インプットとアウトプットを交互に繰り返す「ジグザグサイクル」
「ジグザグ学習」とは、インプット(知識の習得)とアウトプット(知識の活用)を短いサイクルで何度も往復する学習法を指します。これは特定の専門用語ではありませんが、認知心理学の知見をベースに、効果的な学習原則を実践しやすい形に統合したものです。
たとえば、民法のテキストで「錯誤」の章を読んだ直後に、すぐその内容に対応する過去問や問題集を解く。次に「虚偽表示」の章を読み、またすぐに問題を解く。このようにインプットとアウトプットを細かく往復させることが、学習効率を大きく高めます。
従来型の「まとめてインプット → まとめてアウトプット(いわゆるブロック学習)」とは対照的で、ジグザグ学習は両者を時間的に密接に連携させる点が大きな特長です。これにより、知識の定着だけでなく、実践的な運用力も同時に養うことができます。
1.2 学習を深める鍵は「望ましい困難」にある
ジグザグ学習の基盤には、UCLAの心理学者ロバート・ビョークが提唱した「望ましい困難(Desirable Difficulties)」という原則があります。
これは、「少し難しいと感じる学習の方が、長期的な記憶や応用力の面で効果的である」という考え方です。たとえば、テキストを繰り返し読むだけの“楽な学習”は、その場では理解できた気になりますが、すぐに忘れてしまう傾向があります。一方で、問題を解いて頭を使いながら思い出そうとする学習は、その瞬間には難しく感じますが、記憶には深く残ります。
ジグザグ学習は、あえてインプットの直後にアウトプットを挟むことで、この「望ましい困難」を日常の学習サイクルに組み込みます。つまり、「少しきつい」くらいが、実は最も効果的な学習になる──これが本質です。
1.3 複数のアプローチで記憶を強くする「符号化の多様性」
ジグザグ学習が記憶の定着に優れるもう一つの理由は、「符号化の多様性(Encoding Variability)」というメカニズムにあります。
これは、同じ情報に対して異なる方法で接することで、脳内に複数の記憶の“入り口”が作られ、後から思い出しやすくなるという理論です。
たとえば、ある条文を
- テキストで読む(視覚的インプット)
- 講義で聴く(聴覚的インプット)
- 問題演習で使う(応用的アウトプット)
というように、異なる文脈で繰り返し触れることで、記憶はより強固になります。
ジグザグ学習では、こうした異なる“接し方”が自然と組み込まれるため、学んだ知識が単なる断片ではなく、実務に役立つ“使える知識”として脳に定着していきます。
1.4 他の学習法との関係──インターリービングや分散学習との比較
ジグザグ学習は、認知心理学で有効とされている他の学習法と共通点を持ちますが、明確な違いもあります。
インターリービング(交互学習)
異なるトピックを交互に学ぶ手法で、「民法→行政法→憲法」といった学習の切り替えを促します。ジグザグ学習でも、アウトプットの段階でこの交互性を取り入れることで、識別力が大幅に向上します。
分散学習(Spaced Learning)
短期間に集中して詰め込むのではなく、時間をあけて繰り返す学習法です。ジグザグ学習を日常的に続けることで、自然とこの分散効果も得られます。
これらの学習法の関係性を階層的に整理すると、最上位に「望ましい困難」の原則があり、その下に具体的な戦略(想起練習・インターリービング・分散学習)が位置づけられます。そして、それらを日々の勉強に落とし込むワークフローが「ジグザグ学習」です。
この構造を理解しておくことで、単なる「やり方の模倣」ではなく、自分に合った応用と調整が可能になります。
第2章|科学が証明するジグザグ学習の効果──記憶と応用力が深まる理由
2.1 記憶を強くする「テスト効果」とは?
従来、テストとは学習の「結果」を測る手段と考えられてきました。しかし最新の認知心理学は、テストそのものが「記憶を強化する手段」であることを明らかにしています。これが「テスト効果(Testing Effect)」あるいは「検索練習(Retrieval Practice)」と呼ばれる現象です。
代表的な実験では、次のような結果が得られました。
- 同じ教材を「繰り返し読む」グループよりも、
- 一度読んだだけで「繰り返しテスト」したグループの方が、
- 一週間後の成績が圧倒的に良かった。
つまり、覚えることよりも、思い出す練習こそが記憶定着に最も効果的なのです。
ジグザグ学習がインプット直後にアウトプット(問題演習)を組み込むのは、この「テスト効果」を最大限に活用するためです。知識を引き出す行為自体が、記憶を深く脳に刻むトレーニングになるのです。
2.2 想起練習が脳にもたらす3つのメリット
では、なぜ「思い出す」ことが学習に効果的なのか? その背景には、次の3つの脳の働きが関係しています。
- 検索経路の強化
記憶は“引き出し方”を何度も繰り返すことで強化されます。これは、何度も通った道が踏み固められるように、思い出すたびに記憶へのアクセスがスムーズになるという仕組みです。 - 知識のネットワーク化
思い出すとき、脳は関連する知識も同時に活性化させます。例えば行政事件訴訟法の条文を思い出そうとすると、関連する判例や類似制度もセットで浮かび上がることがあります。これにより、断片的な情報が線や面でつながり、応用力が高まります。 - メタ認知の向上
「何を覚えていて、何を覚えていないか」を正確に把握する力(メタ認知)も、想起練習によって養われます。テキストを読んでいるだけでは「なんとなく理解したつもり」になりやすいですが、実際に問題を解くことで自分の理解の曖昧さに気づき、より戦略的な復習が可能になります。
ジグザグ学習では、こうした脳の働きを自然と引き出せるように、アウトプットが学習サイクルの中核に組み込まれています。
2.3 「ブロック学習」では伸びにくい──インターリービングが鍛える応用力
ジグザグ学習の重要な構成要素の一つが「インターリービング(交互学習)」です。これは、異なる分野やトピックの問題を混ぜながら学習することで、識別力(どの知識をいつ使うかを判断する力)を鍛える方法です。
これに対し、従来の「ブロック学習」は、一つのトピックだけを集中して学びます。たとえば、「錯誤」だけをまとめて学んでから、「虚偽表示」をまとめて学ぶといった形式です。
インターリービングを取り入れた学習法には、以下のような明確なメリットがあります:
- 試験本番に近い判断力が鍛えられる
インターリービングでは、毎回「これは何の論点か?」を自分で判断する必要があります。これは、実際の試験で問題を見てから解法を考えるプロセスと同じです。 - 似た論点の混同を防ぐ
民法でよくある「錯誤・心裡留保・虚偽表示」など、類似概念を混ぜて練習することで、重要な違いを見分ける力が養われます。 - 長期記憶が定着する
ブロック学習では短期的な得点力は上がっても、長期記憶への効果は低いことが多くの研究で示されています。インターリービングの方が、記憶の持続力が高いという実験結果も出ています。
行政書士試験のように、多数の類似制度が登場する試験では、この「識別力」が合否を大きく左右します。ジグザグ学習の構造にインターリービングを取り入れることで、単なる暗記ではなく、“使える知識”が身につくのです。
第3章|行政書士試験にどう活かす?──ジグザグ学習の実践ステップと応用法
3.1 集中力を活かす「90分サイクル」学習フレーム
ジグザグ学習を効果的に取り入れるには、「インプット → アウトプット → 振り返り」の流れを一つの学習サイクルとして設計することが重要です。ここでは、90分を1ユニットとした実践的なモデルをご紹介します。
ステップ1:ミニ・インプット(約20分)
一度に多くの情報を詰め込むのではなく、「条文1つ」「制度1つ」「判例1件」など、焦点を絞った学習を行います。例:民法95条「錯誤」の要件と効果を確認する。
ステップ2:アウトプット演習(約50分)
インプットした論点に関する問題をすぐに解き、テスト効果とインターリービングの両方を意識します。具体的には、
- 該当分野の過去問・一問一答を数問解く
- 関連制度との識別問題(例:「錯誤」と「虚偽表示」を比較)を挟む
- 過去に学習した他科目(例:行政法)の問題を混ぜる
ステップ3:振り返りと再インプット(約20分)
解けなかった問題やあいまいだった箇所を分析し、必要に応じてテキストや六法を再確認。正解・不正解に関わらず、「なぜそうなるのか」を自分の言葉で説明できる状態にするのがゴールです。
この90分のサイクルを1日に1~2回実施するだけでも、記憶の定着と応用力の強化に大きな効果が期待できます。
3.2 科目ごとの応用:民法・行政法でのジグザグ戦略
行政書士試験では、科目ごとに「混同しやすさ」や「論点の構造」が異なるため、それぞれに合わせたジグザグ学習の応用が効果的です。
民法:類似制度の識別にフォーカス
民法では、錯誤・心裡留保・虚偽表示といった似た制度が多く登場します。アウトプット演習の際には、それらを意図的に混ぜて解くことで、法的構造の違いを自然に識別できるようになります。
例:
- 「債務不履行」の後に「不法行為」の問題を解く
- 「占有」と「所有」の混合問題を交互に練習する
これにより、表面的な知識ではなく、制度の「本質的な違い」が理解できるようになります。
行政法:制度の横断的理解を意識
行政法では、複数の法律にまたがる類似制度の整理が重要です。たとえば「行政手続法の処分等の求め」と、「行政事件訴訟法の義務付け訴訟」などは、条文構成も似ており混同しやすいため、アウトプット時にセットで演習するのが有効です。
例:
- 「義務付けの申立て」と「義務付け訴訟」を比較
- 手続法/不服審査法/訴訟法の“使いどころ”を分類しながら問題演習
このように、ジグザグ学習を通じて制度間の「線引き」が明確になり、実践的な運用力が高まります。
3.3 インプットとアウトプットのバランス設計
多くの受験生が悩むのが、「テキストを読む時間」と「問題を解く時間」の配分です。認知科学の研究に基づけば、効果的な学習とはインプットよりアウトプットに多くの時間を割くスタイルです。
■ 推奨比率の目安
- 初期(インプット中心期):インプット1:アウトプット1
- 中期(問題演習期):インプット1:アウトプット2〜3
- 直前期(総仕上げ期):インプット1:アウトプット4〜5
この「アウトプット中心の学習」は、ジグザグ学習と極めて相性がよく、「やるべきこと」が明確になるというメリットもあります。
また、インプットの質も「抜けを埋めるための再確認」へと変化していきます。つまり、アウトプットが次のインプットを導くという、データ駆動型の学習サイクルが構築されていくのです。
常に「演習→分析→再確認」の流れを回し続けることが、最も効率的かつ記憶に残る学習法だといえるでしょう。
第4章|ジグザグ学習を続けるために──心構えとつまずきポイントの対処法
4.1 「スラスラ解ける=効果的」は危険な思い込み?──流暢性の錯覚に要注意
ジグザグ学習を始めたばかりの受験生が最も陥りやすいのが、「流暢性の錯覚(Illusion of Fluency)」です。
これは、テキストを繰り返し読んだり、似た問題を続けて解いたときに「理解したつもり」「覚えた気になる」という、実際の学習効果とは乖離した感覚のことです。スラスラ進む学習に安心感を覚えがちですが、これは「記憶の深さ」とはほとんど関係がありません。
一方、ジグザグ学習はアウトプット中心の構造ゆえ、「わからない」「間違える」「手が止まる」といったストレスを感じやすいですが、実はそれこそが脳に負荷をかけ、記憶を深くするサインです。
この錯覚から抜け出すには、「楽に感じる学習ほど危険」「手応えがない=伸びていない、とは限らない」という意識改革が必要です。
学習の進捗を「やった量」ではなく、「1週間後に思い出せるかどうか」で測る──それが本当に効果的な学習の視点です。
4.2 苦しくても大丈夫──「望ましい困難」という発想を味方にする
ジグザグ学習の実践では、「なかなか進まない」「ミスが多い」「理解できていない気がする」と感じることがよくあります。ですが、この“苦しさ”こそが、記憶を深く、応用力を強くする最大のチャンスなのです。
これは、ロバート・ビョークの提唱する「望ましい困難(Desirable Difficulties)」という理論に基づいています。
脳にとって「負荷がある学習」こそが、長期記憶の強化につながるという科学的知見です。
想起練習やインターリービングによる“考えさせられる状況”は、脳の神経回路をより強くつなげ、定着度の高い学習を実現します。
学習中の違和感や停滞感は、「伸び悩み」ではなく「成長の証」として受け止めましょう。
このマインドセットの切り替えが、ジグザグ学習を継続する最大の武器になります。
4.3 よくある失敗パターンとその乗り越え方
ジグザグ学習の理論を理解していても、実際の学習ではつまずきが起きやすいものです。ここでは、よくある失敗とその対策を具体的に解説します。
失敗例①:アウトプット不足(インプットに偏りすぎる)
- 原因:「問題を解くのが怖い」「まだ理解が浅い気がする」などの不安感から、テキストを読むばかりになってしまう。
- 対策:「アウトプットは診断の場」と割り切る。完璧を求めず、間違えることに意味があると捉える。時間で区切って強制的に問題演習へ移行する。
失敗例②:アウトプットの質が浅い(答え合わせの確認作業になっている)
- 原因:解けなかった問題をすぐに解説で確認し、「ふーん」で終わってしまう。
- 対策:「2分間ルール」など、自分の頭で考える時間を必ず設ける。答えを見る前に粘ることで、脳に“記憶の引き出し”を作るトレーニングになる。
失敗例③:「ブロック化されたジグザグ」になっている
- 原因:インプットとアウトプットを交互に行っているものの、いつも同じ論点(例:「錯誤」だけ)で完結してしまう。
- 対策:常にアウトプットに「関連論点」や「他科目の復習問題」を混ぜて取り入れる。例:「錯誤」と一緒に「虚偽表示」「心裡留保」を出題、「行政手続法」と「不服審査法」の比較問題を挟む。
このような“つまずき”を理解し、学習設計に組み込むことで、ジグザグ学習はより安定して成果を出せる強力な戦略へと進化します。
結論|ジグザグ学習は“最強の記憶強化戦略”──検索力と識別力を日々の学習で鍛える
ジグザグ学習は、単なる勉強テクニックの一種ではなく、認知心理学と教育科学に裏付けられた、非常に合理的で実践的な学習戦略です。
インプットとアウトプットを短いサイクルで繰り返すこの学習法は、次の2つの力を同時に育てることができます。
① 「検索力」──膨大な情報の中から必要な知識を引き出す力
インプット直後のアウトプット、すなわち想起練習(テスト効果)を習慣化することで、知識が脳に深く刻まれ、必要なときに即座に引き出せる“検索力”が養われます。
これは、条文・判例・制度が横断的に問われる行政書士試験において、まさに生命線となる力です。
② 「識別力」──似た制度・条文を見分け、適切に使い分ける力
インターリービング(交互学習)を取り入れたアウトプットでは、「どの知識を使うべきか」を自分で判断しながら問題に取り組むことになります。
この“選び取る力”は、民法・行政法における類似制度の見極めや、事例への法適用において極めて重要です。
こうした力を、特別な才能やセンスではなく、「日々の学習サイクルそのもの」で鍛えられる──
それがジグザグ学習の最大の強みです。
そして、この戦略の根底には「望ましい困難」の考え方があります。
スムーズに進まず、間違えたり迷ったりする学習こそが、脳に深く残り、合格を引き寄せる“質の高い学習”になるのです。
受験勉強の成果を短期的な“手応え”ではなく、長期的な“成果”で判断すること。
それが、合格を手にするための確かな習慣をつくる第一歩です。
ジグザグ学習の原則を理解し、日々の学習に組み込んでいけば、行政書士試験という高難度の挑戦も、より現実的で堅実なものになります。
「覚えるために解く」から、「解くことで覚える」へ。
あなたの学習が、その一歩を踏み出すきっかけとなることを願っています。