目次

第1部 過去問を「最強の学習教材」に変える基本戦略

1.1 過去問の本質を理解する:実力チェックではなく“学習装置”として使う

行政書士試験における過去問演習は、もはや「必須」と言えるほど定着しています。しかし、過去問の“本当の価値”を正しく理解し、最大限に活かせている受験生は意外と少ないのが実情です。

多くの初学者が陥りがちなのが、「今の自分がどれだけ得点できるか」を測る模試的な使い方です。けれども、各予備校の指導方針や講師の発言を分析すると、過去問の本質的な役割はそれとは異なります。

▶ 過去問の真価とは?

本試験で「どのように知識が問われるか」を知ること。
自分の理解の穴や弱点を明確にすること。
そして、学習内容の定着と理解を深めるための教材として使うこと。

この3点こそが、過去問の核心的な機能です。

とりわけ、伊藤塾は「過去問は答えを暗記するためのものではない」と強調し、「答えに至るまでの論理的な思考プロセス」を重視しています。つまり、過去問は“知識を試す道具”ではなく、“知識を深める装置”なのです。

▶ 視点の転換が合格への第一歩

過去問を解くときに、「この問題、解けるかな?」と考えるのではなく、

  • 「この問題は、法律のどのテーマについて問うているのか?」
  • 「この出題形式は、試験全体のどの特徴を反映しているのか?」

といった“探究型”の姿勢に切り替えることで、学習の質が大きく向上します。
このマインドセットこそが、過去問を活かすスタートラインです。

1.2 合格者が実践する「ジグザグ学習」:問題とテキストを行き来して深く理解する

過去問を“最強の教材”として使いこなすには、単に解いて終わるだけでは不十分です。必要なのは、「問題(アウトプット)」と「テキストや条文(インプット)」を繰り返し往復する、いわゆる「ジグザグ学習」です。

この学習スタイルは、多くの合格者や大手予備校が推奨しており、最も効果的な王道の勉強法とされています。

▶ 各予備校もジグザグ学習を前提に教材設計

  • フォーサイト:問題集とテキストが完全に連動しており、「行き来しながら覚える」設計
  • TAC:教科書と過去問がページ単位でリンクされ、反復学習がしやすい構成
  • LEC:合格基本書とウォーク問が連携しており、復習に無駄な時間がかからない
  • クレアール:講義・テキスト・過去問を三位一体で回す「マルチリンク学習」が特徴
  • スタディング:Web講義やテキストに即リンクできるデジタル設計で、シームレスな往復を実現

▶ なぜジグザグ学習が効果的なのか?

心理学では「望ましい困難」という概念があります。問題を解いて“うまくいかない”経験をすることで、自分の理解の穴が明確になります。このギャップを埋めようとテキストに戻るとき、人は能動的に学び、記憶が深く定着します。

つまり、ジグザグ学習は単なる“面倒な手間”ではなく、「理解を深める摩擦」を生み出す極めて科学的な学習法なのです。

▶ 教材は「迷わず往復できる」構造を選ぶべき

市販教材や講座選びの際は、問題とテキストがしっかりリンクしているか、往復がスムーズに行えるかが重要です。
ジグザグ学習をストレスなく継続できるかどうかが、合否の分かれ目になると言っても過言ではありません。

第2部 過去問は“いつ・どれだけ・何回”解くべきか?

2.1 過去問演習はいつ始めるべきか? ―― 早期併用型 vs インプット後集中型

過去問演習の開始時期は、合格者の間でも意見が分かれる重要なテーマです。大きく分けると、以下の2つのアプローチがあります。

【早期併用型】インプットと並行してすぐに解く

  • フォーサイトクレアールはこの方式を採用。
  • 一科目のインプットが終わったら、すぐにその分野の過去問を解くスタイルです。

この方法の利点は、「学んだ知識をその場で実戦投入できる」こと。
知識が新鮮なうちに問題演習を行うことで、使い方を早期に理解しやすく、記憶の定着にもつながります。

【インプット後集中型】基礎を固めてから解き始める

  • TAC一部のスタディング合格者がこの方式を推奨。
  • 全体の基本講義を一通り終えてから、まとめて過去問演習に取り組むスタイルです。

こちらの利点は、「理解が不十分な状態で問題を解く挫折感」を避けられること。
特に初学者には、基礎の全体像を掴んでからのほうが安心感があります。

【結論】自分の学習スタイルに応じた柔軟な設計が重要

時間に余裕がある人や、実戦的なアウトプットに慣れたい人は「早期併用型」。
基礎の理解を優先したい人は「インプット後集中型」。
どちらにもメリットがあるため、自分の性格とスケジュールに合わせて選ぶのが最善です。

2.2 「10年分」か「5年分」か? ―― 出題傾向と法改正への正しい向き合い方

過去問を何年分解くべきかという点も、受験指導の現場でしばしば議論されます。ここでは2つの代表的な考え方を紹介します。

【10年分推奨派】出題パターンを網羅的に押さえる

  • アガルートLECクレアールなどがこのスタイル。
  • 特に行政法では「最低10年分」とする予備校もあります。

目的は、「繰り返し出題される論点」や「試験のクセ」を身体で覚えること。
たとえば、10年分の行政法を解けば190問近くのバリエーションに触れることができ、応用力も身につきます。

【5年分重視派】最新傾向と法改正への対応を優先

  • TACなどがこの立場。
  • 平成18年以降の試験制度変更や法改正を踏まえ、古すぎる過去問は推奨しない方針です。

最新の出題形式・法改正に対応した問題に集中することで、効率的かつリスクの少ない学習が可能です。

【使い分けの視点】科目特性に応じた“ハイブリッド戦略”を

  • 行政法のように出題傾向が安定している科目では10年分以上を。
  • 法改正の影響を受けやすい分野(例:個人情報保護法など)は直近5年分に絞る。

このように、科目ごとに「深掘り型」か「精選型」かを見極めることが、限られた時間で成果を出すコツです。

2.3 「最低3周」が目安? ―― 回数より“目的と質”が合格を決める

過去問は「何回解くべきか」についても、多くの受験生が気になるところです。

【回数基準】まずは「最低3周」が基本ライン

  • LECスタディングの合格者も「3周以上」を目安にしています。
  • ただし、形式的に3周回すだけでは効果は限定的。

【質の重視】目的ごとに“回す意味”を明確にする

  • 伊藤塾は「回数を重ねても、理解が浅ければ意味がない」と明言。
  • 重要なのは、「何のために」「どのように」復習するかを意識すること。

【目的別の過去問演習の進め方】

  • 1周目:出題形式・範囲の全体像を把握(点数は気にしない)
  • 2周目:弱点を分析し、ジグザグ学習で理解を深める
  • 3周目以降:知識の定着と解答スピードの向上を目指す

特に重要なのは、「正解した問題」も見直すこと。
勘で当たったのか、根拠を持って答えたのか――この違いを見極めることで、真の実力が養われます。

第3部 理解を深める復習法と科目別の戦略的アプローチ

3.1 正解・不正解で終わらせない:「全肢検討」とランク付けで深掘り復習

過去問を使った復習では、単に「正解か不正解か」で一喜一憂するだけでは不十分です。
本当の意味で実力を養うには、「なぜその肢が正しく、他の肢が誤っているのか」を、すべて検討する「全肢検討」が不可欠です。

▶ 全肢検討のすすめ

  • 伊藤塾をはじめとする多くの指導者が推奨するのが、「正解肢だけでなく、誤りの肢も含めて理由を説明できるようにする」という復習スタイルです。
  • 各肢について、条文・判例・通説的理解と照らし合わせて根拠を明確にしましょう。

この作業は一見手間に思えますが、「なぜ正しいのか・なぜ誤っているのか」を言語化できるかどうかが、合格者と不合格者を分ける分水嶺になります。

▶ 正解しても油断は禁物:「確信度」で復習の優先順位をつける

多くの受験生が見落としがちなのが、「正解した問題」の扱いです。
偶然当たったのか、きちんと理解して答えたのか。この“確信度”を見極めなければ、弱点を見逃すことになります。

  • 伊藤塾のA・B・Cランク付け法
  • A:自信を持って正解できた問題
  • B:なんとなく正解したが自信はなかった問題
  • C:間違えた、または手が出なかった問題

このランク付けにより、復習の優先順位が明確になります。
特に「正解したけれどB評価」の問題は要注意です。真に理解できていない可能性が高いため、必ず復習の対象としましょう。

▶ 最終的な目標は「根拠の言語化」

各肢の正誤を判断したうえで、その理由を自分の言葉で説明できること。
この力こそが、法的知識を本試験で実践的に使いこなすための“基礎体力”となります。

3.2 科目別で差をつける:得点効率を最大化する時間配分戦略

行政書士試験は、全科目を均等に学ぶのではなく、「得点効率=コスパ」に応じて、リソースを最適配分する“戦略的学習”が求められます。

▶ 行政法・民法:圧倒的な得点源は徹底的に攻める

  • 配点が最も高く、かつ出題傾向が安定している「2大柱」です。
  • アガルートTACも「10年分以上」の過去問演習を推奨しており、繰り返し出題されるパターンの把握が合否を分けます。

十分な演習量を確保し、条文・判例の使い方や問題形式に慣れておくことが必須です。

▶ 商法・会社法:時間対効果を意識した“限定投資”

  • 出題数が少ないわりに範囲が広く、「手を広げすぎると危険な科目」。
  • 重要論点(会社設立、機関設計など)に絞り、「頻出ポイントだけを確実に取る」戦略が効果的です。

アガルートは「5問中2~3問正解を狙う」ことを想定し、深入りは非推奨としています。

▶ 一般知識等:足切り回避の“ミニマム突破型”アプローチ

  • 目標は満点ではなく、「14問中6問正解以上」。
  • 効率よく突破するには、以下のように分野別でメリハリをつけた対策が鍵です。
分野優先度攻略ポイント
文章理解最優先高得点が狙える安定分野。国語力が問われる。高校現代文でもOK
情報通信・個人情報保護中程度条文ベースの知識で対策しやすく、過去問が有効
政治・経済・社会優先度低範囲が広く非効率。ニュースで知識を補い、出題傾向だけ把握

行政法・民法で得点を稼ぎ、一般知識は“足切り回避ラインをクリアする”という役割分担を明確にすることで、限られた時間を最大限に活かすことができます。

第4部 市販問題集・模試の使い分けと教材選びのポイント

4.1 問題集は「分野別」と「年度別」で使い分ける:目的に応じた選び方と最適なタイミング

市販されている行政書士試験の過去問題集は、大きく分けて「分野別(体系別)」と「年度別」の2種類があります。
それぞれの特徴を理解し、使用する“タイミング”と“目的”に応じて使い分けることが、効率的な学習につながります。

▶ 分野別(体系別)問題集の特徴

  • 各問題が「代理」「相続」「契約」などのテーマ別に整理されている
  • テキスト学習と連動しやすく、「ジグザグ学習」に最適
  • 特定分野の理解を集中的に深めるのに向いている

おすすめの使用時期:学習初期~中盤(インプット期)

学習した論点をすぐに確認できるため、記憶の定着が早く、弱点把握にも役立ちます。

▶ 年度別問題集の特徴

  • 本試験と同様の形式・出題順で構成されている
  • 試験本番のシミュレーション(時間配分・総合実力の確認)に最適

おすすめの使用時期:学習後期~直前期(アウトプット総仕上げ)

本番に近い形で実力を確認したい時期に使うと効果的です。

4.2 市販の人気シリーズを徹底比較:LEC・TAC・肢別形式の特長と活用法

過去問演習を支える市販教材は多数ありますが、代表的な3タイプを比較して、自分に合ったものを選ぶことが重要です。

▶ LEC『出る順行政書士 ウォーク問』

  • 過去10年以上の過去問を網羅的に収録
  • 「合格基本書」とページ連携しており、復習効率が高い
  • 正答率データ付きで、受験生の得手不得手を可視化できる
  • コンパクトなB6サイズで分冊可能、持ち運びにも便利

おすすめの学習者:量をこなしたい人、繰り返し出題パターンを体得したい人

▶ TAC『みんなが欲しかった!』シリーズ

  • フルカラーで視覚的に理解しやすく、図解やイラストが豊富
  • 教科書と完全リンクしており、連動学習がスムーズ
  • オリジナル予想問題も収録され、法改正対応も安心

おすすめの学習者:初学者や、視覚的な情報整理が得意な人

▶ 肢別問題集(各予備校・出版社共通)

  • 5肢択一式の過去問を1肢ごとの○×形式に分解した問題集
  • 知識を細かく確認でき、短時間の復習に向いている
  • 通勤・通学などスキマ時間の活用に最適

おすすめの学習者:短時間で知識チェックをこまめに行いたい人

4.3 模擬試験の役割とは?:過去問とは違う「実戦演習」の本質

過去問と模擬試験は、どちらも問題演習ではありますが、その目的と役割はまったく異なります。混同してしまうと、学習効果が大きく損なわれる可能性があります。

▶ 過去問の役割:知識の習得とパターン把握

  • 試験に出る論点や形式を理解し、知識を“確実に身につける”ための教材
  • 繰り返し解いて、出題傾向に慣れ、論点の本質を掴むために活用

使用時期:学習全期間を通じて随時使用

▶ 模試の役割:本番を想定したパフォーマンスチェック

  • 時間配分、プレッシャー下での実力、集中力の持続などを確認する
  • 法改正や最新判例など、予想問題による“未知の出題”に対応する力を養う

使用時期:試験直前期(本番1~3ヶ月前)に数回実施するのが理想

模試は単なる問題演習ではなく、「戦略的自己診断ツール」としての性格が強いため、結果の分析と復習こそが最大の学習効果を生みます。

4.4 古い過去問と法改正の関係:リスクを避ける教材選びの視点

行政書士試験では、法改正が頻繁に行われるため、古い過去問をそのまま使うと「今は通用しない知識」を学んでしまうリスクがあります。

▶ 最も安全なのは「最新年度版の市販教材」を使うこと

  • TACやLECなどの大手予備校の市販書籍は、毎年の法改正に合わせて編集・改題されており、安心して利用できます。
  • 単に過去問を並べただけでなく、法改正に対応した注釈・解説が付されているものを選びましょう。

▶ 専門家による“キュレーション機能”を重視する

予備校や出版社の教材は、「どの問題が現在でも有効か」「どこが改正されたか」を判断したうえで編集されています。
これは、受験生が自力で対応するには膨大な労力がかかる作業であり、有料教材の大きな価値のひとつです。

▶ 無料教材と有料教材の“機能の違い”を理解する

  • 無料で配布されているPDFなどの過去問データは、法改正の影響を受けた問題もそのまま掲載されているケースが多くあります。
  • 一方、有料教材は「法改正のフィルター」と「出題予測(模試)」という2つの重要な役割を果たしてくれる存在です。

合格に近づくためには、単に“問題を解く”のではなく、“使える問題”を選び、安心して学習できる環境を整えることが鍵です。

おわりに:過去問は“合格を引き寄せる武器”になる

――戦略的に使えば、最短ルートで合格へたどり着ける

行政書士試験の学習において、過去問は単なる「確認テスト」ではなく、知識を深め、理解を定着させるための“学習装置”そのものです。

ただ解くだけでなく、

  • どのタイミングで
  • どのくらいの量を
  • どんな目的で
  • どのように復習するか

を意識して取り組むことで、過去問は圧倒的な力を発揮します。

さらに、教材選びや模試の活用法、科目ごとの優先度を見極めることで、限られた時間の中でも“得点につながる学習”が可能になります。

言い換えれば、過去問は「正しく使えば合格へ導く武器」であり、
「間違った使い方をすれば時間を浪費するだけの鈍器」にもなりうるのです。

最短で合格を目指すのであれば、
過去問を「教材」として扱い、「戦略的に活用する」姿勢こそが、合否の分かれ目となるでしょう。